筆立
「筆立」 吉村平八 号一山の制作。 一山は飯田に居を構え彫刻の技を磨き、特に竹材彫刻においては他の追随を許さず、明治 17年明治天皇長野県に行幸の折り、竹製茶器がお目にとまり、お買いあげの栄に浴する。70歳の時、高山地内若山に居を移し、厳湖庵と名付け山水風月を愛でて暮らす。養子若山(吉村郡次郎)が遺業を受け継ぎ今日に竹材彫刻を伝えた。