氷餅の池
享保八年、六代藩主遠山豊前守友将は、「氷餅」の製造場所を苗木高峯山から福岡二つ森 山頂に移転を命じた。山道作り、小屋かけ、井戸掘りと近郷の百姓204人が二日間で完 成したと伝えられている。氷餅は、寒冷期に池水を利用して餅を凍らせ、乾燥して粉状にしたもので兵糧備蓄等に供し た保存食である。